Warwick JYA Class of 2005/2006

前回書いてから少し日が空きました。

就職活動が終わったと報告しましたが、
一社だけどうしても気になっていた会社があったので、
実はそこの選考受けてました。
一般的な知名度でいったらゼロだけど業界内でNo. 1の会社です。
仕事内容、待遇、全ての面で内定先と遜色ない会社でしたが、
あまりにも専門性に特化しすぎていることがどうしても気になって、
最終面接の前で辞退という結論に至りました。

後悔はなし。
これにて就職活動完全終了!

まあ、それは置いといて、前々から留学のことを書くと言っていたので今回やっと書きます。
去年の4月にイギリスのヒースローに着いてから帰国するまでの11ヶ月間、
ダイジェスト版!今日は第一回の4月~6月編。

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○4月~6月

イギリスに着くまでは不安で一杯。
関空まで大学の友達が見送りに来てくれたけど、
その時の写真を見ると顔が緊張でこわばってます。笑 

んで緊張したまま13~4時間のフライトを経てロンドンのヒースローに着いたのだけど、
実際に着いてみると断然期待の方が大きくなった。
観光で訪れた大英博物館で見た教科書に載ってるクラスのたくさんの盗品!
ロンドンのお洒落な町並み、歴史を感じさせるパブ、クソ汚くて雄大なテムズ川。
初めて都会に出てくる田舎っぺみたいな感じで常に辺りを見回してました。

そんな感じでそれからの一年に期待を抱いたわけですが、
実際に大学に着いて、Hurstという寮に入ってみてそれが不安に変わりました。
というのも、寮に住んでいたのが自分以外全員香港人だったから・・・・。

イギリスに来たはずなのに、何故か広東語が飛び交ってるし、
授業を終えて、家に帰ると香港人が10人くらいキッチンに集まってパーティーをしてたり。
正直この間はフラストレーションが相当溜まりました。
微妙に部屋に引きこもり気味になったりしたんだよね、今考えると。

それに加えてさらに俺を困惑させたのが、
同じプログラムで留学をしていた日本人の中で、意識の面で差があったこと。
(最初の2ヶ月間の授業は日本人だけでした。)
もちろん英語を上達させたいと思って皆が来ていた訳だけど、
授業の中でついつい日本語を喋っちゃう人もいたし、
英語でしか喋らないと決めていた人もいたりして、
他の日本人との接し方について考えさせられた時期でした。

ただこういう風に感じていたのは俺だけじゃなくて、
今は親友のK君やY志も同じ考えを持っていたことが判明。
夜な夜な、皆でミーティングをしたりして、
「授業のときだけは少なくとも日本語禁止」っていうことになったわけです。
人付き合いの難しさなんかもこの時期に結構学んだと思います。

授業の雰囲気が少しずつ良くなるにつれて、
寮の方の生活も変わりはじめたのが5月のはじめ。
香港人たちと色んな話をするようになって、ストレスがあまり溜まらない様になっていった。
特にジャッキーっていうメガネ君とよく話をするようになって、
お互いの友達を呼んで料理をお互いにご馳走したりするようになった。
寿司をはじめて握ったのもこの頃です。

英語の問題に関しても彼らは俺が居るときは極力英語で話すようにしてくれたし、
皆本当に優しかった。俺は日本のことをたくさん彼らに話したし、
彼らもたくさん香港のことを教えてくれた。
今考えると本当にいい経験をしたと思います。
香港人と一緒に住む機会なんてそうそうあるもんじゃないしね。笑

徐々に留学生活が充実したものになっていったんですが、
そうこうしている内にターム1が終了し7月へ突入。

すぐ続きを書きたいんですが、ちょっと実家に帰るので
大阪に戻ってきたらまた書きますね。
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by fujisho3 | 2006-04-17 00:28 | 日々
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